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『フィガロの結婚』(フィガロのけっこん、伊:Le Nozze di Figaro、仏:Les Noces de Figaro、英:The Marriage of Figaro、独Die hochzeit des Figaro)は、フランスの劇作家カロン・ド・ボーマルシェの書いた風刺的な戯曲、ならびに同戯曲を題材にヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが作曲したオペラ作品である(Le Nozze di Figaro, K.492)。オペラ作品のリブレット(台本)はボーマルシェの戯曲に基づき、イタリア人台本作家ロレンツォ・ダ・ポンテが書いた。本項では主にオペラ作品について扱う。
概要
原作は喜劇『セビリアの理髪師』(第1部 1775年 / パイジエッロ(1782年)、ロッシーニ(1816年)がオペラ化した)、正劇『罪の母』(第3部 1792年)とともに3部作と言われている。『フィガロの結婚』は前作『セビリアの理髪師』の好評を受けての続編。正式な題名は『狂おしき一日、あるいはフィガロの結婚』(La Folle journée, ou le Mariage de Figaro)。この戯曲は1786年にパリで初演され、前作以上の評判を得た。
封建貴族に仕える家臣フィガロの結婚式をめぐる事件を通じ、貴族を痛烈に批判しており、度々上演禁止にあった。このような危険な作品をオペラ化し、皇帝のお膝元ウィーンで上演できた理由は良くわからないが、ダ・ポンテの自伝によれば、彼がうまく皇帝を懐柔して許可を得たことになっている。皇帝自身が上演に乗り気だったという説もあり、また皇帝の妹であるマリー・アントワネットが原作を好んでいたことも理由の1つと考えられる。
ウィーンのブルク劇場で神聖ローマ帝国皇帝 ヨーゼフ2世のもと1786年5月1日、モーツァルトが30歳の時に初演。ある程度の好評を得たが、原作の貴族批判は概ね薄められているとはいえ危険視する向きもあり、早々にマルティン・イ・ソレールの『椿事』(Una cosa rara)に差しかえられてしまった。モーツァルトが次に書いたオペラ『ドン・ジョヴァンニ』の後半で『椿事』の一節に続き『フィガロ』の「もう飛ぶまいぞこの蝶々」の一部を演奏しているのはなかなか興味深い。
ウィーンではこうして期待したほど人気を得られなかったものの、当時オーストリア領だったボヘミア(現在のチェコ)の首都プラハの歌劇場で大ヒットした。作曲者も招かれて有意義な時を過ごし(この時に交響曲第38番『プラハ』K.504を初演している)、新作オペラの注文までもらえた。これが翌年初演した『ドン・ジョヴァンニ』(リブレット作者は同じ)K.527である。
日本初演は1941年6月に東京音楽学校で行われた。舞台初演は1952年。
オペラの構成
序曲と全4幕からなるオペラ・ブッファ形式で作られている。第1幕と第3幕は本格的なフィナーレを持たないので、2幕形式の変形とも解せる。
オペラの舞台
18世紀半ばのスペイン・セビリア近郊のアルマヴィーヴァ伯爵邸。
登場人物
フィガロ
タイトルロール。前作「セビリアの理髪師」では、床屋兼何でも屋として、ロジーナと伯爵の仲を取り持った。その功績を認められて伯爵の家来となる。バスの役柄。
スザンナ
これからフィガロと結婚式をあげようという小間使い。伯爵夫人に仕えている。初夜権復活をもくろむ伯爵の誘いにうんざりしている。ソプラノの役柄。
アルマヴィーヴァ伯爵
前作「セビリアの理髪師」では、フィガロの活躍により現夫人と結婚。浮気者。以前廃止した初夜権を復活させ、近い内にスザンナと楽しもうと企んでいる。バリトン。
伯爵夫人ロジーナ
伯爵と結婚したものの、浮気者の伯爵の行動に悩んでいる。ソプラノ。
ケルビーノ
伯爵の小姓。どんな女にでも恋してしまう思春期の少年だが、メゾソプラノが歌う(いわゆるズボン役)。
ドン・バルトロ
セビリアの理髪師では、医師・ロジーナの後見人として登場。ロジーナと結婚したがっていたが、フィガロの計画で伯爵に奪われたためフィガロに恨みがある。バス。
ドン・バジーリオ
音楽教師。伯爵の手下として伯爵の情事を取り持つ。第4幕で「長いものには巻かれろ」という処世訓のアリアを歌う。前作にも登場。テノール。
マルチェリーナ
女中頭。教養もあり美人。ただし、少しお年を召している。フィガロに金を貸した時に書かせた「借金を返せなかったら結婚する」という証文を利用してフィガロと結婚しようと企む。メゾソプラノ(スコアではソプラノ)。
バルバリーナ
庭師アントニオの娘。スザンナとは従姉妹の関係。ケルビーノと仲が良い。ソプラノ。
クルツィオ
裁判官。伯爵の言いなりの判決を出す。テノール。
アントニオ
庭師。バルバリーナの父親。スザンナのおじ。バス。